[life]みなみ佳菜さんとの出逢い、あるいはお洋服選びの黒歴史

黄色い水晶の種の年 倍音の月 11日
KIN186 白い自己存在の世界の橋渡し

みなみ佳菜さんとの最初の出逢いは2011年でした。

今は福岡でもパーソナルスタイリストさんがたくさんいらっしゃいますが、

当時は首都圏でもそれほどメジャーなお仕事ではなかった、

ように記憶しています。

会社と保育園の往復に必死で、

世の中をウォッチしていなかっただけかもしれませんが、

少なくともわたしの属していたワーキングマザー界隈では。

そんな折、すでに佳菜さんのサービスを利用していた、

あるお二人の先達がセミナーを主催されたんですね。

わたしはそのお二人を信頼していて、

この方々がおすすめされるなら!というのが、

セミナーに参加したのがきっかけです。

というのも、もともと洋服を選ぶことは大の苦手

(ついでにメイクも苦手)。

子どもの頃からサイズが大きめで、気に入ったお洋服があっても、

着られないことが多かったんですよね。

なので「着られるものを着る」という感覚が根強く。

それに加えて、学生時代は体育会系といわれる吹奏楽団に所属し、

朝も夕方も練習。

1年中入り浸っている部室はエアコンがなく、

真夏は蒸し風呂、真冬はコートがいるほど冷える。

なので、お洋服はおしゃれより機能性優先でした

(とはいえ、おしゃれな先輩もたくさんいらっしゃいましたが)。

新卒で営業職として就職。

そこでも「自分が何を着るべきか」ということがあまりピンと来ておらず。

普通に今まで持っていたカットソーとか着ていたので、

「学生気分が抜けていない」とよく先輩に注意されていましたね。

扱っていた商材は伏せますが、「夢を売る」仕事をしていたので、

その本人が「夢を実現したキラキラした格好」を

見せなければいけなかったのです。

・・・と今ではわかりますが、当時はわからなかった(笑)

そんな営業職に1年ほどで見切りをつけ、転職。

その後はずっと内勤の事務職。

ドレスコードはかなりゆるく、社内には金髪短パンの人もいたくらい。

そんな環境で、おしゃれとか流行とかはあまり気にせず10年ほど経過し、

結婚→出産。

育休を取った後、時短勤務で元の職場に復帰したのですが、

ますますなにを着るべきかわからなくなていて、

「汚れてもすぐ洗えるもの」「自分が着ていてラクなもの」ばかり

選んでいたと思います。

それでも社歴が長くなって、

社外のお取引先様との打ち合わせなどが発生するようになり、

スーツなど、よそ行きを揃える必要が出てきまして、

セミナーはとても良いタイミングでした。

長くなってしまったので続きます。